目次
1.腸炎ビブリオの特徴
腸炎ビブリオは、主に魚介類に潜んでおり、夏場に流行する食中毒の原因菌です。食中毒の原因となる細菌の多くは、家畜などの動物に由来するものですが、腸炎ビブリオは海水中の細菌であるため、通常の原因菌とは異なる性質を持ちます。
では、腸炎ビブリオとはどのよう特徴を持つのでしょうか?詳しく見てみましょう。
1-1. 原因となる食品
腸炎ビブリオは、海の泥の中に広く生息する細菌です。そのため、多くの魚介類に付着した状態で出荷され、それが食中毒の原因となります。原因として特に多い食品はイカやカニ、貝ですが、海水中で生息していた食材は全て腸炎ビブリオに汚染されている可能性があるので注意が必要です。
1-2. 流行時期
腸炎ビブリオは、主に夏から秋にかけて患者数が増加します。これは、夏から秋にかけて海水温度が上昇し、海水の中で腸炎ビブリオが急激に増殖するためです。また、腸炎ビブリオは一般的な細菌よりも、常温の環境で増殖するスピードが速く、夏場は特に食品に付着した腸炎ビブリオが増殖しやすくなるのです。
このような理由で、腸炎ビブリオは夏から秋の始まりの季節に流行しますが、一般的な細菌性食中毒が高温多湿な梅雨から夏にかけて流行するのとは異なる特徴を持つのです。
1-3. 毒素産生
腸炎ビブリオは、溶血性の毒素を産生します。この毒素は主に腸の細胞にダメージを与え、下痢や腹痛などの症状を引き起こしますが、加熱しても無毒化できないという性質を持ちます。
このため、食品に毒素が付着している場合にはしっかりと加熱を行っても食中毒が引き起こされる可能性があります。
1-4. 好塩性
腸炎ビブリオは元来海水に生息している細菌のため、塩分の多い環境を好む性質があります。通常、高い塩分は殺菌作用を持つことが知られていますが、腸炎ビブリオの場合には塩分が高い環境は逆に菌の増殖を促します。漬物などの塩分の多い保存食や加工食品が腸炎ビブリオに汚染されると、その中で菌が爆発的に増殖し食中毒の原因となることもあります。
一方、腸炎ビブリオは生存に適度な塩分を必要とするため、感染者の便を介してのヒト-ヒト感染は一般的な細菌よりも起こりにくいとされています。
2.腸炎ビブリオに感染したら…
腸炎ビブリオは多くの魚介類に付着している可能性があるだけでなく、塩分の多い環境では保存食や加工食品も汚染する可能性があります。このため、完全に取り除くことは難しく、適切な対策を行っていても感染してしまうことがあるでしょう。
では、腸炎ビブリオに感染するとどのような症状が現れ、どのような治療が必要になるのでしょうか?
2-1. 症状
腸炎ビブリオはその名の通り、腸炎を引き起こす細菌です。これは、腸炎ビブリオが産生する毒素によるもので、毒素が腸の細胞にダメージを与えることで腹痛や下痢などの様々な症状を引き起こします。
潜伏期間は一般的な細菌よりも短く、原因食品を口にして6~12時間で激しい腹痛と水のような下痢が頻回に見られます。特に腹痛の程度は非常に重く、「耐え難い痛み」と表現されることもあります。また、下痢は徐々に粘血便に変わることが多く、吐き気や嘔吐を伴うことも稀ではありません。
発熱や悪寒、倦怠感などの感冒症状は少なく、発熱があったとしても38度以上の高熱になることはほとんどありません。
さらに、頻度は少ないですが、腸炎ビブリオは腸炎以外の症状も引き起こします。腸炎ビブリオが産生した毒素は腸だけでなく、心臓の細胞にもダメージを与えることがあり、これによって重症な場合には心臓の機能が低下して死亡することもあります。また、小児や高齢者などの体の抵抗力が弱い人では、腸炎ビブリオが原因となって中耳炎や敗血症が引き起こされることも知られています。
2-2. 治療
腸炎ビブリオに感染すると短い潜伏期間で激しい症状が現れますが、比較的治りが早く、多くは2~3日程度で症状が治まります。自然に治ることが多く、抗菌薬の投与や点滴による水分補給を要しないことがほとんどです。
しかし、小児や高齢者は下痢によって脱水症に陥りやすく、点滴による水分補給が必要になることもあります。また、腸炎ビブリオは細菌のため、ニューキノロン系やホスホマイシンなどの抗菌薬が有効であり、症状が強い場合や長引く場合にはこれらの抗菌薬が投与されることがあります。
3.腸炎ビブリオを予防しよう!
腸炎ビブリオは、魚介類に付着しているものであり、完全に除去することは不可能です。このため、感染を防ぐには正しい感染予防策を講じる必要があります。しかし、腸炎ビブリオは他の細菌とは異なる特徴を持つため、感染予防で注意すべきことも異なるので注意が必要です。では、どのような対策を行えばよいのでしょうか?詳しく見てみましょう。
温度管理
腸炎ビブリオは加熱に弱い細菌であり、60度1分以上の加熱で死滅します。しかし、日本では古くから刺身や寿司など魚介類を生で食べる習慣があるため、すべてを加熱して食べるというわけにはいきません。また、常温での増殖速度は他の細菌よりも極めて速く、腸炎ビブリオは感染して発症するのに多くの菌量を必要としますが、すぐに必要菌量まで増殖してしまいます。
一方、腸炎ビブリオは低温も弱く、4度以下の環境では増殖することができません。このため、魚介類は冷蔵庫や冷凍庫での保管がすすめられています。
具体的には、以下のような対策を行いましょう。
・加熱可能な食品は60度1分以上で中心部までしっかり火を通す
・買い物から帰ったら、魚介類は速やかに冷蔵庫にしまう
・生食する刺身などは食べる直前に冷蔵庫から出す
3-2. 二次感染予防
腸炎ビブリオは生存に適度な塩分を必要とするため、感染者の便から排泄されると死滅するものがほとんどです。このため、感染者からのヒト-ヒト感染は生じにくいと言われています。しかし、腸炎ビブリオに汚染された魚介類に使用した調理器具などを介して、他の食品を汚染する可能性があり、特にまな板や包丁などの衛生管理には注意が必要です。
また、漬物などの塩分の多い保存食に付着するとその中で異常増殖を生じ、大規模な食中毒事件を起こすことも稀ではありません。
このため、以下のような対策を行いましょう。
・魚介類は真水でよく洗い、好塩性の腸炎ビブリオを死滅させる
・魚介類に使用した調理器具は速やかに洗浄・消毒する
・塩分の多い保存食を作るときは魚介類との接点を避け、清潔な調理器具を使用する
・こまめに手洗いをして、食品に付着している腸炎ビブリオを洗い流す。
4.まとめ
腸炎ビブリオは近年では減少傾向にあるものの、今でも夏場に流行する細菌性胃腸炎の代表格といえます。感染したとしても多くは数日で自然に治ることが多いですが、場合によっては心臓の機能を低下させたり、敗血症を引き起こすこともある恐ろしい病原体です。
好塩性であるため、一般的な細菌性食中毒の感染対策とは異なる点にも注意が必要ですが、ここで正しい感染予防策を身に付け夏を迎えましょう。